A59翻刻
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又積差起可申と留候へとも不用参候、おりゆへ同道、助と罷越候一表屋ニ居候あんま取呼とめもまセ候、備中松山之者之由、咄申候、跂者ニ而足折かきて右之方成不申、去年登り候而あんま稼暮いたし候、表屋ニ伯父之所ニ居候一八時過松下丹波守入来、暫対話、由緒之訳委細申談、北大路名字三四人有之候得共、右衛門大夫末相知不申候由、右衛門大夫名乗被尋候付、伯父と覚候段申達、扨又吟味可申旨、以来ハ文通仕度候而厄介有之何と而御縁之段不申候様ニ仕度段うすく申達、扨又平右衛門ゟ委細可得御意旨申達候へハ随分承知之挨拶ニ而候、田中七右事も由緒有之段申達、雷除御守持参有之候、暫対談ニ而罷帰、火之改有之、大打出候而たはこ給被申候、麻上下差つれ罷越ニ而三拾三歳之由、子息両人有之、惣領十六歳、次男十四歳之由、当時神主相勤候由

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