1.三浦家文書について

 岡山大学附属図書館所蔵の三浦家文書は、旧勝山藩主三浦家から移管を受けた藩政史料群である。その祖三浦正次は徳川家光の側近として活躍、寛永16年(1639)には下野国壬生城主となり、2万5千石を領した。その後、日向国延岡、三河国刈谷・西尾と転封を重ね、明和2年(1765)三浦明次の代に美作国勝山へ移封。以降、明治4年(1871)の廃藩置県まで十代にわたり藩領を統治した。
 史料点数は417点。本文書の大半は藩政の重要事項を記した「日録」であり、元禄13年(1700)から明治5年(1872)にわたる258冊が残っている。
 
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2.三浦家文書の「日録」について

 「日録」(一部「日志」)は、勝山藩の家老戸村家の当主らが代々書き継いだ日記である。
 戸村家は常陸国那珂郡戸村荘を名字の地とし、同地の大名佐竹氏に属していたと伝え、一門の惣右衛門愛茂が三浦正次に召し出され、代々惣右衛門を名乗り同家の家老を勤めた。同役の九津見氏とほぼ並ぶ600石(幕末期、700石に加増)を給され、幕末期には藩主弘次の正室を出すなど藩内の重鎮として存続した。そうした縁戚関係から明治以降、戸村家の「日録」が三浦家へと収められたのであろう。

戸村家略系図
①愛茂(惣右衛門)――②愛治(八郎兵衛)――③愛忠(辰之助・惣右衛門)――④愛正(九一郎・源左衛門・惣右衛門)――⑤愛広(鉄太郎・惣右衛門)――⑥愛教(平之進・惣右衛門)――⑦愛則(惣右衛門・八郎兵衛・荘嶽)――⑧愛重(豊・広三郎・惣右衛門)――⑨愛之(直記・九一郎)

 「日録」の記主は、勝山藩時代に限れば、欠年がかなりあるものの、4代惣右衛門愛正の死去により本家を後見した弟の新左衛門(文蔵・源吾)忠幹が安永2年(1773)から同3年までを、次いで5代惣右衛門(鉄太郎)愛広が同4年(1775)を、6代惣右衛門(平之丞)愛教が同9年(1780)から寛政9年(1797)までを、7代惣右衛門(八郎兵衛、荘獄)愛則が文政4年(1820)から明治5年(1872)までを記している。
 日録の内容は、日々の天候に始まり、文武修養、寺社への代参・参詣、藩士・親類間の交際や家庭でのできごと、藩政一般についてなど多岐にわたって記されており、年代が下るに従って藩政記事の比重が増し記述も豊富となる傾向にある。
 この「日録」は、近世後期の当該地域史を究明するうえで重要な史料といえるだろう。

3.差別的表現について

 収録した史料の中には、身分差別を表す賤称などが記されていることがある。科学的な歴史認識は、史実を正しく見つめることによって、はじめて可能であると考えられていることから、原則としてこれらをそのまま掲載した。ただし、固有名詞との関連で差別の助長につながりかねない場合は、写真版では■で、翻刻では□で示して掲載を差し控えた。不当な差別や人権侵害を許さず、科学的な歴史認識を通じて、差別と差別意識の根絶を目指すとの立場を、利用者においても理解され、正しく利用されることを期待する。

 

4.翻刻について

 文書の画像データを元に以下の組織で翻刻を行った
  ・真庭市古文書解読協力員(略称:古文書解読ボランティア)
    河井洋右
    土屋英久
    濱田隆三
  ・真庭市教育委員会
  ・岡山大学貴重資料委員会
 翻刻についてお気づきの点がありましたら、以下にメールでお知らせ下さい。
  fbg7322◎adm.okayama-u.ac.jp
  ※◎は@マークに置き換えてください